マルセル・ヒルシャー、五輪出場断念
「勝てないなら、立たない」マルセル・ヒルシャー
レジェンドが下した、あまりにもヒルシャーらしい決断。アルペンスキー界の絶対王者、マルセル・ヒルシャーが、2026年冬季オリンピック(ミラノ・コルティナ)出場を正式に断念した。
それは「年齢」でも「名声」でもなく、“世界一を争えない自分”を受け入れた末の決断だった。

5年ぶり復帰――世界がざわついた“王者の再挑戦”
2019年に頂点のまま引退したヒルシャーは、2024年、沈黙を破って競技復帰を宣言。母親の祖国オランダ代表としてワールドカップに戻り、五輪の舞台を再び目指すという挑戦は、スキー界に衝撃を与えた。
総合優勝8回、五輪金メダル2個。
「戻ってくるだけでニュースになる男」に、世界は再び夢を見た。
ACL断裂――王者の時間を奪った一瞬
だが現実は非情だった。
2024-25シーズン序盤、左膝前十字靱帯(ACL)断裂。トップアスリートにとって致命的とも言える怪我が、復帰プランを直撃する。さらに年末にはふくらはぎを痛め、調整は後手に回った。
“取り戻すはずだった時間”は、戻らなかった。
「ワールドカップのスピードじゃない」
ヒルシャーが五輪断念の理由として語ったのは、驚くほどシンプルだった。
「今の自分には、ワールドカップで戦えるスピードがない」
これは言い訳ではない。
世界最高の選手たちと滑り、数字と感覚の両方で突きつけられた現実だった。
アルペンスキーは0.1秒で価値が変わる世界。
ヒルシャーは誰よりもそれを知っている。だからこそ彼は、“出場すること”よりも“勝負できるか”を選んだ。
進化した世界、止まらなかった時間
ヒルシャーが去った5年間で、競技は進化し続けた。若手はより速く、より強く、より大胆になった。
復帰は「懐かしさ」では通用しない世界だった。
かつて支配した舞台で、自分が主役でないことを受け入れる――
それは、王者にしかできない覚悟でもある。
伝説は終わらない。ただ、無理に続けない
ヒルシャーは「今シーズンはワールドカップにも五輪にも出ない」と明言したが、競技人生の完全な終焉は宣言していない。トレーニングは続け、可能性は閉ざしていない。
だがひとつ確かなのは、
ヒルシャーは“勝てない舞台”には立たないということだ。
それは逃げではない。
8度、世界の頂点に立った男が、自らの価値を守るために選んだ、最もヒルシャーらしい決断だった。
